立って来ました。
 ギワーツク、ギワーツク、カットンロー、カットンロー……
 ハッハッハッ! ホッホッホッ!
 ユーラスは、自分が神様だったのをすっかり忘れてしまって大いそぎで逃げ出しました。そして、また次の日にいくらその谿間に違いないところをさがしてみても、あの綺麗な小川さえ見つけることができませんでした……。
[#ここで字下げ終わり]

 殆どあらゆる種類の伝説と童話とが酵母となって、彼女の生活のどこの隅々にまでも、渾然《こんぜん》と漲りわたっていた果もない夢幻的空想は、今ようようその気まぐれな精力と、奇怪な光彩とを失い、小さい宝杖を持ち宝冠を戴《いただ》いた王様や女王様、箒に乗って月に飛ぶ鼻まがりの魔法使いなどは、皆足音も立てずにどこかの国へ行ってしまった。
 そして、面白いお噺《はなし》のこの上なく上手な話し手としての名誉と、矜恃《きょうじ》とを失った彼女は、渾沌《こんとん》とした頭に、何かの不調和を漠然と感じる十二の子供として、夢と現実の複雑な錯綜のうちに遺されたのである。
 一面紫色にかすみわたる黎明の薄光が、いつか見えない端《は》し端《ば》しから明るんで、地は地の色を草は
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