う、もう這っている赤坊の男の子ほか国中にいなくなってしまった。
『いったいこれは何事じゃ? え? お前の政治の手腕は国を滅すことほか出来ないのか、馬鹿奴、どうしたらいいというのか!』
 王様が泣きながら怒鳴る前で、宰相は、これもまた涙をこぼしながら、
『陛下、恐れながら、耳殻のございました時分、我々の憐れむべき国民は、一度の戦に負けたこともございませんでした』
と云って、お辞儀をした」
 この話を貴女は、どうお思いになります。もちろん、馬鹿馬鹿しい滑稽なことには違いありません。けれども、耳を切られ、殺されてしまわなければならなかった国民に、私は同情せずにはいられません。そして、その同情は即ち、これと同様な位置にある自分への同情であることはすぐお分りのことと思います。
 こんな話を考え出すほど、このごろの私は、不安やら反抗やら、圧迫やらに苦しめられているのです。
 いつぞや、御一緒に買った「あの本」の中に(多分智慧と運命のこと。)
「生命は我々に与えられている――その理由は知らない――けれども、それを弱からしめんためでもなく、また軽卒に振り捨ててしまうためでもないことは、確である」
とい
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