れずにあった、或る人への手紙が、一番よく彼女の云いたかったことを云っているように思われる。青い小形の紙に、Aさん、私は今こんな話を思いつきました。
という書き出しで、細かい字がぎっしり七枚の紙を埋めている。それは多分十五年と十六年との間の冬に書かれたものらしい。
「昔、昔、或るところに一人の王様があった。
彼は生れたときからどうしたのか、耳殻が両方ともついていない。立派な王冠の左右へ、虫の巣のように毛もじゃもじゃな黒い穴ばかりが、ポカリと開いていた。
その様子が非常に滑稽だったので、子供達や、正直な若い者は、皆、
王様は立派でいらっしゃるが、あの耳だけはおかしいなあ、
と云ったり、笑ったりした。
もちろん王様自身も気が気ではなかった。が、どうすることも出来ないのでいつもいつも自分の不仕合わせな耳のことばかり考えておられた。
ところが或る晩、王様がよく眠っているところへ来て、しきりに起すものがある。びっくりして王様が剣へ手をかけながら起き返っていると、裾の方に、だんだら縞の着物を着た一寸法師が揉手《もみで》をして、お追従笑いをしながら立っている。
『お前は、一体何者だ、夜中に
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