ズーッと橄欖《かんらん》の茂り合った丘を下り、野を越えて、一つの谿間《たにま》に入りました。そこはほんとに涼しくて、静かでした。岩や石の間には、夢のような苔や蘭の花が咲き満ちて、糸のように流れて行く水からは、すがすがしい香りが漂い、ゆらゆらと揺れる水草の根元を、針のように光る小魚が、嬉しそうに踊って行きます。
海にある通りの珊瑚《さんご》が、碧《あお》い水底に立派な宮殿を作り、その真中に、真珠のようなたくさんの泡に守られた、小さな小さな人魚が、紫色の髪をさやさやと坐っています。
なんという綺麗《きれい》なのでしょう。ユーラスは、すっかりびっくりしてしまいました。今まで、こんな様子を見たことのなかった彼は、まるで幻を見るような心持で、フラフラと水上の方へと歩いて行きました。
行けば行くほど広くなる谿は、いつの間にか、白楊や樫や、糸杉などがまるで、満潮時《みちしおどき》の大海のように繁って、その高浪の飛沫《しぶき》のように真白な巴旦杏《あめんどう》の花が咲きこぼれている盆地になりました。
そして、それ等の樹々の奥に、ジュピタアでもきっと御存じないに違いないほど、美くしい者を見つけた
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