いる、大きな大きな欅《けやき》の根元に倚《よ》りかかりながら、彼女はなだらかな起伏をもって続いているこの柔かい草に被われた地の奥を想う。
縦横に行き違っている太い、細い、樹々の根の網の間には、無数の虫螻《むしけら》が、或は暖く蟄し、或はそろそろと彼等の殻を脱ぎかけ、落積った枯葉の厚い層の奥には、青白いまぼろしのような彼等の子孫が、音もない揺籃《ようらん》の夢にまどろんでいるだろう。
掘り出されない数限りない宝石や化石の底を洗って、サラサラ、サラサラとせせらぐ水。
絶えず燃えくるめき、うなりを立てる不思議な焔。
その熱と、その水とに潤されて、地の濃やかな肌からは湿っぽい、なごやかな薫りが立ちのぼり、老木の切株から、なよなよと萌え出した優雅な蘖《ひこばえ》の葉は、微かな微かな空気の流動と自分の鼓動とのしおらしい合奏につれて、目にもとまらぬ舞を舞う。
この到らぬ隈もない音と音との調和、物と影との離れることのない睦まじい結合を繞《めぐ》って、ゆるやかに脈打つ生命の力を感じるとき。彼女は祈らずにはいられない感動に打たれるのである。
霊感にさほど遠くない感情の火花が、美くしく彼女の胸の中に輝きわたる。
そして、守霊は無言のうちに、生きることの美くしさ、努力の光栄を、彼女の魂に吹きこむのである。
神よ、我に不断の力を与え給え……。
明日という日が、また希望を盛り返す。
彼女は、もう決して辛いものではなくなった独りのうちに静かに浸って、与えられた自らの生命の多種多様な力の現れと、僅かずつ育って行く心とに、謙譲な愛に満ちた奉仕を感じるのであった。
かようにして、箇我のうちにまったく閉じこもった彼女の生活は、ちょうど曇った夏の夜のような様子で過ぎて行った。折々鋭い稲妻の閃光が暗い闇を劈《さ》いて一瞬の間、周囲を青白い輝きの中に包みはしても、光りの消えたと同時に、またその暗い闇がすべてを領してしまう。
それと同様に、ときどきは、いかほど熾《さか》んな感激の焔に照らされはしても、彼女の生活の元来は暗かった。そして、夏の夜がそうである通りに、闇とはいっても、微かにおぼろに、物の形、姿だけは浮んで見えるほの明りに足元をさぐりさぐり、彼女はより明るみへ、より輝きへと、歩を向けて行っていたのである。
そして、彼女の心附かないうちに、生活の律動は、読み物の影響と、或る程度
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