も、きっと幾度かは殆ど不可抗力に近い重みをもって垂れそうになって来る通りに、彼女のちっとも緩みのない心、休息を与えられることのない心は、ときどき息が詰りそうな陰鬱を伴って沈んで来る。
 何の音もしない、何の色もない、すべての刺戟から庇護された隠遁所を求めて、悲しく四方を見まわし、萎《な》え麻痺《しび》れるようになった頭が、今にも恐ろしい断念をもって垂れそうになって来ることもある。
 けれども、そういうもう一歩という際で、彼女にまた新らしい勇気と、感激とを与えて、より雑多な刺戟の中へ振返らせるものが、彼女の感受するいろいろな感動を透した上の方から、いつも朝暁のようにすがすがしい、なごやかな力に満ちた新鮮な空気を送ってよこすものがあった。
 そのものは何なのか、彼女には解らない。
 何だかは知らないが、偉大な魂を感じ得る「心持」を与えられた彼女は、その自分が神と呼び、守霊と呼びかけて、人と人との交渉においては、どうしても満たされない絶対的服従の渇仰と、愛情とを傾け尽して敬愛しているものをも、やはり或る一つの「心持」を感じるのだとほか云いようがなかったのである。
 そして、その「心持」は明かに地上のものではなかった。自分の万事を洞察し、弱ろうとする生活の焔に、ちょうどそのときというときに適当な油を注ぎかけながら、一生の間自分を見守り、叱※[#「口+它」、読みは「た」、第3水準1−14−88、327−4]し鼓舞して「下さる」ものなのである。美くしい月光の揺曳《ようえい》のうちにも、光輝燦然たる太陽のうち、または木や草や、一本の苔にまでも宿っている彼女の守霊は、あらゆる時と場所との規則を超脱して、泣いて行く彼女を愛撫し、激昂に震える彼女を静かに、なだめるのである。
 心が暗く、陰気に沈むごとに、彼女は唯一の避難所であり礼拝所である美くしい木立の茂みのうちに坐って、幾度輝やかしい守霊の鼓舞を感じたことであろう。
 幹と枝々との麗わしい均斉、軟らかな輪郭と、その密度によってところどころの変化をもつ静かな緑色の群葉に飾られた樹木は、光線の工合によって、細密な樹皮の凹凸を、さながら活動する群集のように見せながら、影と陰との錯綜、直線と曲線との微妙な縺れ合いに、ただ、彼等のみがもつ静粛な、けれどもどんな律動をも包蔵した力の調和を示している。
 高い上の方の洞に寄生木《やどりぎ》の育って
前へ 次へ
全31ページ中23ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング