ばならないのとは異い、幾人か同胞があれば交際、事業などは各自の選択によって行っている場所では、特に長子が多分の遺産を相続する必要[#「必要」に傍点]がありません。
 子の為に[#「子の為に」に傍点]生活するのでもなければ、親の為に[#「親の為に」に傍点]生活するのでもなく、諸共[#「諸共」に傍点]に人として正しく幸福に生活して行き度いと云うのが彼等の衷心の希いである様に思われるのです。
 勿論、これ等のことには、皆他の一面、他の消極があります。或る人は、それ程、暖い友情によって結ばれている夫婦が、何故あれ程頻々と、法廷で離婚訴訟を起すか。何故、金持の後とり娘だと云うと多勢の青年がつき纏うか。どうして、血で血を洗う相続争いが頻出するかと詰問されるでしょう。
 確に、それは世上の大半を覆うている事実です。けれども亦、私の書き連ねた一面も、動かすことの出来ない実相です。私共が箇性的差異として、各自の国民性を持ちながらも、世界人[#「世界人」に傍点]として生活し始めた今日、世界各処に発生し、発達した種々な生活意識、様式を、悉く、人[#「人」に傍点]の価値、人[#「人」に傍点]の理想と云う眼界に
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