て、私はここに或る夫婦の日常を写して見ましょう。私が暫く世話になった大学の先生夫婦です。良人はコロンビア大学に植物を教え、夫人は、同じ大学に、矢張り植物の一分科を受持っています。子供はなく、六室ばかりのアパートメントに住んでいるのです。
 R氏は、大抵朝の九時、十時頃から、午後の四時頃まで大学に行っています。自分の研究室で授業外の時間は研究や書きものに没頭しているのです。けれども、夫人の方は、毎日時間があるのではありません。一週間のうち、月、木、金の日だけは朝から午後まで学校で、あとの日は皆自由時間なのです。
 学校へ行く日は、勿論良人と一緒に起き、朝飯を軽くすませ、戸に鍵を下して出かけます。アパートメントの入口にはいつも玄関番がいて、若し来客でもあった時には氏名、用向を聞いて書きつけて置きます。それを、帰って来た時に渡して呉れるのですが、あちらでは、約束をして置かないで人を訪問するのは、留守へ出掛けるものと定めて置いてよい位、誰でも、接客日でない日には、のらくら[#「のらくら」に傍点]家で時間を潰してはいないものです。たとい在宅であっても、きっとなりふりかまわず、何か仕事をしている。
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