て、私はここに或る夫婦の日常を写して見ましょう。私が暫く世話になった大学の先生夫婦です。良人はコロンビア大学に植物を教え、夫人は、同じ大学に、矢張り植物の一分科を受持っています。子供はなく、六室ばかりのアパートメントに住んでいるのです。
 R氏は、大抵朝の九時、十時頃から、午後の四時頃まで大学に行っています。自分の研究室で授業外の時間は研究や書きものに没頭しているのです。けれども、夫人の方は、毎日時間があるのではありません。一週間のうち、月、木、金の日だけは朝から午後まで学校で、あとの日は皆自由時間なのです。
 学校へ行く日は、勿論良人と一緒に起き、朝飯を軽くすませ、戸に鍵を下して出かけます。アパートメントの入口にはいつも玄関番がいて、若し来客でもあった時には氏名、用向を聞いて書きつけて置きます。それを、帰って来た時に渡して呉れるのですが、あちらでは、約束をして置かないで人を訪問するのは、留守へ出掛けるものと定めて置いてよい位、誰でも、接客日でない日には、のらくら[#「のらくら」に傍点]家で時間を潰してはいないものです。たとい在宅であっても、きっとなりふりかまわず、何か仕事をしている。よほどの仲よしか、親類ででもなければ、電話で用だけ足して会わないで帰っても何とも云えない風習ですから、家中空になっても私共が、日本で経験するような不便、不都合はありません。
 で、二人とも学校の時は、勿論昼食は外ですませます。学校の中に、学生や先生のために、便利で健康的な食堂が出来ていて、廉価に滋養のあるランチが得られます。食後、暫く構内の散歩をし、誘い合って帰宅する時間まで、三時間なり四時間なり又研究を続けると云う訳なのです。
 両人に仕事のある日、夕飯は、静に落付いて食べると云うのが主眼で、決して無暗《むやみ》に手のかかったものを幾品も作ることはありません。大抵、米国の中以上の家では、肉汁《スープ》、肉類野菜の一皿。サラダが主なもので、あとは菓子、果物と珈琲位の献立てです。瓦斯《ガス》が自由に使え、いつでも蛇口を廻せば熱湯が出る台処は、働くに着物を汚す場所でもなければ、心持の悪い処でもありません。一時間も準備にかかれば気持よい夕餐が出来ます。
 それを、談笑のうちにしまい、後の洗物や何かは良人も手伝って、七時半頃までには、外出するとも勉強するとも、眠るまでの時を、さっぱり空けて置く
前へ 次へ
全19ページ中12ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング