ことが出来ます。
R氏の家は、丁度市街に沿うてある細長いモーニングサイド公園に近いので、夕食後三十分か一時間も緩《ゆっ》くりと散歩し、胃も頭も爽かになった時分に帰って、読書と、昼間書いた草稿を夫人に読んで聞かせ、忠言を得て字句の改正をする。夫人は、同じ灯の下で、明日の下調べをしたり、手紙を書いたり、時には長閑《のどか》に編物などを弄《いじ》る。――
けれども、一週間の他の三日、火、水、土の昼間は、R夫人も却々《なかなか》多忙で家事の多くを弁じなければなりません。
先ず火曜日は、先週の日曜の朝代えた下着や、敷布や襯衣《シャツ》その他の洗濯日、午後からは訪問と云う日割です。大きいものは一まとめに袋に入れて、朝来ることに定めてある洗濯屋に渡し、小さい手巾《ハンケチ》とか、婦人用の襟飾、絹のブラウズと云うようなものは、皆、家で洗い、それが、乾くまで、必要な箇所を訪問します。四時頃には帰宅し、夕飯の準備をする迄、一時間半もかかってこれに電気鏝をかけ、さっぱりとなったものを仕舞うことが出来ます。夕飯後は、それで、緩くりと本を読むなり、一寸した針仕事をするなり定ってはいない様子です。
翌日は九時過ぎから通い女中が来て、手伝って部屋部屋の丁寧な掃除が始ります。花を新しく飾ったり、椅子の置き場所を代えたり、一つ部屋もなるたけ目先を変え心持よくして、午後からは接客をします。
着物もさっぱりしたのに更え、お茶と菓子との支度を客間にして、約束のある人や、その日を待って会いに来る人を待ちます。一週間の間に面会する必要のある人は、相互にさし障りのない限り、一度に、順々話もすませ、次の週の順序も立てて仕舞うのです。
土曜日は、一週間の買い入れ日です。あちらでは、日曜日は一般に全くの休日で、八百屋から肉屋、文房具屋まで店を閉じてしまいます。それ故、日曜日、次の月曜に入用なものは勿論、買いものは出来る丈この日に纏め、下町の、それぞれで名を売っているよい店で買おうとするのです。
経済思想に富み、高い常識を持っている主婦は、決して馬鹿な買物はすまいと心掛けています。只廉いもの買いではなく、価と品質との正当なものを得ようとします。従って、店々の競争も、そこを狙って行われる。一般の買物日と定った日に纏めれば、多くの場合、場所により懸け値を少くよい物品を得られると云う訳なのです。
夜は、時によ
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