野蛮暗黒な当時の日本で、小林多喜二が一人の正直なインテリゲンツィアとして、自分の良心の声、自分の人間的確信に従って、そのとき最善と判断された解放運動の方向に従ったということにこそ、今日のすべての自覚あるインテリゲンツィアにとっての共感が生きているのである。急性肺炎にきく薬はペニシリンしかないというとき、和製のペニシリンはよくきかないからと云って、それを使わずに良人を死なす妻が天下にあるだろうか。日本の解放運動が様々の歴史的負担のもとに未熟であったとして、日本の解放運動の形がそのほかになかったとき、そこに参加したことは愚行であったろうか。インテリジェンスとは、こういう急所で、はっきり事態の意味を弁別する思考の能力をさしていうのである。
 今日、日本の民主主義は、難航を示している。国内国外もつれ合う潮の流れの複雑さと、主体的に日本のインテリゲンツィアをこめる全人民に民主的感覚が成熟していないことのために、難航である。それだからと云って、民主的社会建設の方向を懐疑し、インテリゲンツィアが自身の歴史的運命の発展に躊躇することは賢明だろうか。学者や作家が自身の才能のよりゆたかな開花とより豊純な真
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