葉などを、スラスラと述べられない性質がある。従って、先生と自分との間には、嘗て一度も、互を結ぶ師弟の愛について、熱情的な言葉は交されなかった。沈黙のうちに、私は全く先生への尊敬と帰服とを感じ、先生が、自分にかけていて下さる篤い心を、日光に浴すように真心から感じていたのである。
 あの時分――女学校の四五年の頃を追想すると、斯うやって夏の田舎の屋根裏の小部屋で机に向っていても、種々な情景が如実に浮み上り、微笑を禁じ得ない心持になる。
 私が一番初め千葉先生を教壇に見たのは、四年の西洋歴史の時からであった。
 一体、女子高等師範と云う学校は、現在どう改善したか知らないがあの当時は、実に妙な、非人間的な雰囲気を持ったものであった。本校の生徒と云うと、皆、四方八方から体を押さえつけられ、はっと息をつめ、真正面を向いたきり、声も思う存分には出せないと云う風に見えた。ぎごちなく、醜く、その上、頭も活溌でないと云う酷評が、そう酷評でもない程に、少女時代の私の胸にはうとましく感じられていた。
 ところが西洋歴史の時から、私の前に現れた千葉先生は、何処となく、その枯渇した状態とは異ったものを持って居られ
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