坪内先生について
宮本百合子
−−
【テキスト中に現れる記号について】
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)違ったたち[#「たち」に傍点]の人間であることを、
−−
坪内先生に、はじめて牛込余丁町のお宅でおめにかかったのは、もう十数年以前、私が十八歳の晩春であったと思う。両親が私の書いたものを坪内先生に見ていただくようにきめて、母が私を連れ余丁町のお家を訪ねたのであった。
私は受け身に、きめられた手筈にしたがって永い道を車にのって行った。
二階のお座敷に、平たくて大きいテーブルがあったように覚えている。床の間には大きい支那の石刷がかかっていたと思う。そこへ、どちらかというと速くて軽い跫音が階子をのぼって来て、並んで坐っている私たち母子の後から坪内先生が現われた。
その頃もう白い髭であられた。兵児帯をゆるく巻きつけ、抑揚にとんだ声で、
「ヤア、これは」
というような言葉をかけられた。
母がどんな挨拶を申したか、私が何と申したのか今全く覚えていない。私は女学生の袴をはいて坐って、おそらくただお辞儀をしただけであったろう。
原稿を翻される手つき、それ
次へ
全4ページ中1ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング