を伏せて左手をその上においたまま一寸上体をのり出すようにされての物云い、私は祖父というものを知らずに育ったから、坪内先生の白いお髭や物腰やに衰えぬ老人の或る瀟洒たる柔軟性というようなものを感じ大変注意をひかれた。粋なところがおありになった。私は、日本の粋というものを持ち合せないもので、そのことを自身遺憾としていないたちの人間である。先生と自分とが違ったたち[#「たち」に傍点]の人間であることを、私は尊敬のうちに漠然と感じ、それは先生が芝居の神様のような立場に既に久しくおられるからのところもあろうかと、幼稚ながら考えたりした記憶がある。
坪内先生は、私の原稿を細かく読んで下さり、例えばこういう意味の重大な注意を与えて下すった。一旦作品の中に登場した人物がどこかでスーと消えてはいけない。必ず結着ある退場をするように描かれなければならないし、又スーと立ち消えるような重要性のない人物がドタドタ作品の中に出て来ることはよくない、と。
これは、あらゆる時代に小説を書く上での意味ある注意として役立つものであろう。
先生は、その時に、小説に師匠はいらぬ、お前はお前のやりたいようにやって行け、とい
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