、感じる事が出来るように成るのではあるまいか、私の魂が粗野で、先頃までは鈍かった感触が此頃|漸々《ようよう》有るべき発育を遂げたらしい心持がする。人間が次第次第に、その五体的の複雑性を増して来る。ありがたい事だと思う。
彼の時分に、自分も受け、人にも授けた苦痛の数々が、如何か無駄では無いように成って欲しいと思う。如何な意味に於ても、自分に受けたものはきっと自分の裡の何かに成っている。だからよい。けれども人に与えられたものは謝したい。謝さずにはいられない心持がする。そういう人々の裡には愛すべき両親もいる。其他二三の人もいる。皆の生活が真実で、真剣で、あるべきようにあればよいな、と思う。静謐な祈願である。
「天心たかく――まぶたひたと瞑ぢて――気澄み 風も死したり
あゝ善良き日かな
双手はわが神の聖膝《みひざ》の上にあらむ」
天心たかく――まぶたひた[#「ひた」に傍点]と瞑ぢて――まぶたひた[#「ひた」に傍点]と瞑ぢて――
無我の瞬時、魂は自由な飛翔をすると思う。其時に「人」はよくなる。生きる霊魂には斯ういう忘我がなければならない。小細工に理窟で修繕するのではない根からすっかり
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