追慕
宮本百合子

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)凝《じっ》と

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)此頃|漸々《ようよう》有るべき発育を遂げたらしい

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)ひた[#「ひた」に傍点]と瞑ぢて
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 今日は心持の好い日だ。
 空がくっきりと晴れ渡って、刷き寄せられるような白雲が、青い穂先の楡の梢を掠めて、彼方の山並の間に畳まって行く。
 凝《じっ》と坐って耳を傾けると、目の下の湖では淡黄色い細砂に当って溶ける優婉な漣の音が、揺れる楊柳の葉触れにつれて、軽く、柔く、サ……、サ……、と通って来る。心持のよい日だ。
 私の周囲を取繞く総てのものは、皆七月の太陽を身に浴びて嬉々として輝やいている。田舎らしい単純と、避暑地のもつ軽快な華美とが見えない宙で溶け合って、一種の氛囲気を作っている此処では、人間の楽しい魂が、何時も花の咲く野山や、ホテルの白い水楼で古風なワルツを踊っているような気がする。
 濃碧の湖には笑を乗せて軽舸が浮く。街道の古い並木の下では赤い小猿が、手提琴の囃子につれて、日は終
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