らっしゃい。すっかり落していらっしゃい!」
 見る見るそこにいた六七人の者は、緊張した。真赤になったおつやさんの顔を見ると、少し濃い目ではあるが、のびよく美しく白粉がついている。
 どうなるかと思う自分の眼の前で、おつやさんは、さっと涙に眼を曇らせ、訴えるように、哀願するように、先生を見た。が、先生の顔には、相手が、未だ十八の、少女であるのを忘却したほどの憤り、憎しみが燃えている。
 一二秒、立ち澱み、やがておつやさんは、矢絣の後姿を見せながら、しおしお列を離れて、あちらに行った。
 彼女は素直に、顔を洗いに行ったのだ。
 暫くして、皆席についてしまってから、水で、無理に顔をこすったおつやさんは、赤むけになったように痛々しい面を伏せて、入って来た。
 その心持を思い、無惨な、若い女の感情を、些《ちっと》も労わる真心のない先生に対し、私は、いたたまれないばかりの苦痛を覚えた。
 若し、自分の生んだ娘であっても、彼女は、あれほど、烈しく、恥しい、辛い思いをさせるに堪えただろうか。何故、時間でもすんだら、そっと陰に呼んで、
「少しお拭きなさい。明日からは、もう少し分らないようにつけましょうね
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