の、朝の出迎えが、何を意味するか知り、嬉しがってはいなかった。
 私共は、極端に、髪や顔の化粧や着物のことを喧しく云われた。人間の心得として、虚飾《みえ》や、いかものの化粧が、実に無価値であることを、教えられるより、細々、一々、実際について、批評される。それも、
「あなた、そういう風は、しない方がよくはありませんか、お嬢さんらしくないから」とか、
「おやめなさい」
と、率直に、慈愛を以て、ひそかに告げられるのではない。
 実に、厭味、苦しめる暗示で、大勢の中で、神経的に云われる。云われた者は、教えられた感謝より、いつも、苦々しい悪感、恥かしさ、敵慨心を刺戟されるように扱われるのである。
 中には、一人二人、特にいつも目をつけられ、ことごとに冷笑を浴びる者もある。
 それでも、その朝は無事で、大抵の者が通り抜けた。もう少しで皆行ってしまおうとする時、傍にいた先生の眼は俄にきっと鋭くなった。何事かと思う間もなく、一二歩前に出、
「今沢さん!」と、大きな叱る声で呼ばれた。
 今沢さんと呼ばれたおつやさんは、無邪気な歩きつきから、はっとして先生の方を向いた。
「何です、その顔は! 早く洗ってい
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