った時、どんな気持がなさいました」
とききたいほどの心持がした。
彼女は、いささかの苦痛、可哀そうだった、という悔恨は感じなかったのだろうか。あの笑い!
毎日毎日、変転して行く生活の裡で、たとい彼女が瞬間、心の痛みを感じたとしても、それを、今、この場所まで持ち続けて来ることは不可能であろう。
あの時の、自分の激昂した心情は、そのままで彼女に対し、或は公平でないものであったかも知れない。
然し。――
ちょうど、私共が五年の時であった。或る春の心持の晴々とする朝、始業の鐘が鳴り、我々は、二階の教室に行こうとしていた。
どうかして自分はおそくなり、列の後の方に跟《つ》いて行った。皆、さほど大きな声は出さず、然し、若い生活力が漲り溢れるような囁きを交しながら、階段を昇って行く。――
そこへ、傍の廊下から、受持の先生が出て来られた。列になっているから、皆、お辞儀はしない。が、前に行くと同じように、若い娘らしい謹みを現して通り過る。――
先生は、手を前に垂れて組み、優しいような、厳しいような微笑を湛えながら、一人一人、注意深く、顔、髪、着物と眼を走らせる。――私共は、皆心の裡で、こ
前へ
次へ
全9ページ中5ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング