今生きて居る或る盲目に成ろうとして居る男との顔が混同して、宙に顔の細かい部分部分まで思い浮べる事は非常に難かしい事なのである。
其の男の顔中に漲って居る底奥い沈鬱さと色が大変よく叔父に似通って居るからなのである。
一番思い出さるべき顔の様子までその様に自分のものは不明瞭であるから、これから書いて見様とする種々な時に起った様々な事柄の互の間には何の連絡もなく、理由も時間も明かでない事の方が多い。
また彼の死ぬまでの経歴等と云うものも私は云う積りではない。
私は只、私と居た一年足らずの間に私の稚い記憶の裡に生き死にをした彼に――私の愛した叔父に会おうとするのである。
長らく米国に居て宗教の研究をして居た彼は突然何の前知らせもなしに帰朝した。
此の不意の出来事には、彼地で家庭を持ち死ぬまでを暮す積りで居るのだと予想して居た多くの者共を非常に喫驚《びっくり》させた。
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「まあよくお帰りになった。
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と云う一句は実に種々な意味を以て囁かれたのであった。
彼は只帰り度く成って帰ったと云っては居たけれ共今思えば――それは非常な憶測かも知れ
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