るのである。
 誰でも多くの人はその幼年時代の或る一つの出来事に対して自分の持った単純な幼い愛情を年の立つままに世の多くの出来事に遭遇する毎に思い浮べて見ると、真に一色なものでは有りながら久遠の愛と呼び度い様ななつかしい慰められる愛を感じる事が必ず一つは有るであろう事を信じる。
 彼はその私の久遠の愛の焦点であった事を断言する事が出来るのである。
 彼は私の親族中只独りの宗教家であった。
 而かも献身的な信仰を持って居た人であったので、周囲の者の目には様々な形に変えられて写り記憶されて居るで有ろうけれ共私に対しての彼は常に陰鬱に深い悲しみが去らない様な態度を持って居る人であった。彼の目は大きい方ではなかった。
 けれ共其の黒い確かな瞳には力が籠って居て多少人を威圧する様な、しっかり自分の立ち場を保って動かされない様な感じをさえ持って居た。
 青黒く肉の薄い顔。
 高い額の下に深い陰を作って居る太い眉。
 重々しい動作と低くゆるゆると物を云う声。其等は彼特有のすべての表情を作って居たらしく――人の話に依れば確かに一度見れば忘れない印象を与えるそうだったが、私に対しては記憶の裡の叔父の顔と
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