の事などは見向きもしない様にセッセと行く所へ行ってサッサと帰って行って仕舞った。
 私のいら立ちが激しくなるにつれて家中のざわめきは益々ひどくなって、台所で女中が弾んだ声で、
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「富田さん富田さん
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と叫ぶのに混ってバタバタ云う草履の音や氷を欠く響きが只事ならず段々更けて行く夜の空気を乱して聞えて来た。
 向うの方は昼の様に明るく、不断はついて居ない灯まで廊下の角々や風呂場にあかあかと光って居る。
 何と云う賑やかな面白そうな事だろう。
 私は起きて行って見たくなって来た。
 初めの間は母に叱られるのを考えて足をムズムズさせながらも我慢して居たが、其等の騒がしい音は丁度楽隊が子供の心を引き付けるより以上の力で病室へ病室へと私の浮足たった霊を誘い寄せるのであった。
 私の我慢は負けて仕舞った。
 そして到頭隣りのリンゴをもぐ様な心持になって起き上って、廊下へ一歩出ると、あんまり真暗闇だったのと、これから取り掛ろうとする大冒険の緊張で、犬っころの様な身震いをした。
 足の裏の千切れて仕舞いそうなのを堪えて探り足で廊下の曲り角まで行くと右側の無双
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