松が小さく小さく切ってある遠方から見ると真赤に外見えない様な着物を着て居たと覚えて居る。
田圃や畑の間を少し行くと思いがけず私共は両方が林になって居る大変急な細道に行かかって居た。
幅が狭い上に梢で遮ぎられた日光がよく差し透さないので、所々に苔の生えた其の道を弱いたどたどしい二人が登り切るのはなかなか大した事であった。
只何かの時にと持って居る叔父の杖は大変益に立って、滑ろうとする足を踏みしめる毎に、躰の重味で細い杖が折れそうにまで撓むのを、どんなにハラハラして私は見て居たかしれない。
息をはずませながら私は叔父の袂を引っぱって一足一足と踏みしめて、漸う最後の一歩を登り切ると、其処にはひろびろと拡がった高原が双手を延ばして私共を引きあげて居た。
私は生れてから此那にも草の一杯生えた、こんなにも人の居ない林のある処を見た事がない。
今立って居る処から四方へ延び拡がって居る草原は、黄緑色にはてしなく続いて、遠い向うには海の様な空の中に草の頭がそろってしなやかにユーラリ、ユラリとそよいで、一吹風が吹き渡ると、林中の葉と原中の草が甘い薫りを立ててサヤサヤ、サヤサヤと鳴り渡る。はっき
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