微かながら、それ等の船は、真上の空に舞う水鳥の、翼の白さにも擬《まが》う真帆を一杯に張って、静まり返った水面を、我物顔に滑べって来るのが認められる。
 小豆粒ほどの影は、次第に大豆ほどとなり、やがては小人の船ほどの大きさになって、耳を澄ますと、微風につれて賑わしい船歌さえ聞えて来る。
 この二艘の大船こそ、誰あろうときの大守、十代津軽矩広を乗せて、三馬屋の泊から船出した、長者丸、貞松丸という吉例の手船なのである。
 歴代の津軽公は、参勤交代で江戸表への上下には、必らずこの二艘の手船で、津軽の海を超える慣例になっている。
 今度も、江戸表から、久しぶりに帰城する矩広を乗せて、二艘の船は悠々《ゆうゆう》と晴天の下に浮んだのである。
 御手船が見えたという報告は、今まで深い眠りに入っていたような城下を、一時にハッと目醒ました。
 急に騒然と人気立った要所要所にやがて一刻も過ぎた頃、船は恙《つつが》なく定めの船泊りに着いたのである。
 海上無事を知らせる合図の篝《かがり》が、傾きかけた大空を画って、白上峠の頂上から華々しく燃え上った。
 すると、暫らくの間を置いて、それに応える「清八」の狼
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