様に思われる。翳《かざ》してその色の麗わしさを愛ずる者は、自ずと広大な海原を思わずにはいられない。
海原を思えば、海松のうちなびく魚族の王城を思わずにはいられない。日夜潮鳴る海を抱いて、遠く都を隔てた人々の胸に、この珠の名はいみじくもまた懐かしく響いたのである。
しかし、鞘《さや》の下地に使う「さび皮」まで、馬の皮ならば紙で下着せを仰せつけるほどの厳しさは、決して物を風流では許さない。
若し名目の通り虫の巣ならば、今まで通り献上などとは以ての外である。のみならず城中の使用も差し控えねばならぬことになる。お家大事と寧日も無い老臣達は、上への聞えを憚って、遂に今は一刻の猶予もならず、何とも知れぬ津軽の虫の巣を諸人環視のうちに吟味することに決したのである。
三
その日城内の大広間には、中央に矩広を始めとして、式服に威儀を正して家臣の誰彼が、何とも知れぬ心の張りを覚えながら、粛然として居流れていた。
上座る諸人の胸には、数個の虫の巣が、問題の泡沫を麗わしく玻璃《はり》に浮かせて光ってる。
人々はそれを白扇の上から上へと廻わしながら、物々しくその愛すべき小球の吟味に取り掛ったのである。
或る者は私《ひそ》かに無臭の珠に鼻を当てて見た。また或る者は仔細らしく小首を傾けながら、濃やかにも粋緻なる肌に爪を立てて見た。
が、しかし分る者は無い。或は分る者が無いと云うよりはむしろ、分らせようとする者が無かったという方が適当かも知れない。何故ならば、彼等武士の一言という者は、直に懸ってその生命に在る。仮に分るとしても、僅かな自信はとうてい後難を慮《おもんぱか》る責任感を減ずるだけの力は無い。
指名されてその意見を徴された者は、皆丁重な平伏と謙遜な辞退とをもって、彼の浅学はとうていその任に堪えないことを陳《の》べる。
数個の珠は空しく、扇から掌へ掌から扇へと転々するばかりで、今はその玲瓏《れいろう》たる紫色も、人肌のぬくもりで微かな曇りさえ帯びた様に見える。
皆は軽い倦怠を覚えながら、端然として無智な瞳を見開いていたのである。
ところが、時の家老の蠣崎某は、いかほどこの状態を延引したところで彼の求むる結果とは余り遠いことを知ったのであろう、彼は終に一案を呈出した。それはこうである。
元来火という物は、神代の昔から万物の不浄を潔め、邪気を払う物と
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