されている。それ故、この珠をも火に焼いて、若し色も変らず、悪臭も放たなかったら、それは穢ある虫の営んだ巣ではない。今はただ火によることの外は、この不思議な小珠の本体を知ることはできぬと云うのである。
彼のこの一言をひたすら待ち構えてた諸人に異議のあろうはずは無い。御家老のあっぱれ名案として、一議なくことは決して、立処に一抱いに余る大火鉢が、一座の中央に持ち出された。火鉢には紫焔を吐いて燃え熾《さか》る炭火が面をも焦すばかりに盛ってある。
矩広に一礼すると、白髪の老体を鞠躬如《きっきゅうじょ》として躙《にじ》り寄った蠣崎某は、恭《うやう》やしく懐中から取り出した白紙を口にくわえると、いかほどかの大事を成し遂げたる様、決然と眉を挙げ、一粒の青玉を※[#「(諂−言)+炎」、読みは「ほのお」、第3水準1−87−64、412−4]のうちに投じたのである。
火花を散らす様にして、赫々《かくかく》と燃え立つ真紅のただ中に置かれた一顆の青玉は、さながら天外から雫《したた》り落ちた一滴の涙の様に見える。
純粋無垢の※[#「(諂−言)+炎」、第3水準1−87−64、412−8]色に燃えて、るり[#「るり」に傍点]は一層るり[#「るり」に傍点]に、滑らかな肌を滑って舞う※[#「(諂−言)+炎」、第3水準1−87−64、412−8]は灼熱の花弁となって青紫の玉蕊《ぎょくずい》を抱いて揺曳《ようえい》する。
その美くしさに思わずも恍惚として我を忘れた人々の目前で、焙《あぶ》られた珠はやがて微かな音を立て始めた。珠の小ささにも似たひそやかさである。響きともいえぬ響である。が、その優さしく耳底に通う響に連れて青玉の渾然たる面には、蜘蛛手の罅《ひび》が入り始めた。
そして、息もつかせず珠一面を包んだと見る間に、サックリとばかり※[#「(諂−言)+炎」、第3水準1−87−64、412−13]のうちで珠は潔くも砕け散ったのである。
散りながら、なお依然として大空を照り返す、華麗なるり[#「るり」に傍点]の小珠を白扇の上に掻き集め蠣崎某は、優雅な哀愁に胸を鎖されながら矩広の御前に平伏した。
かようにして問題の津軽の虫の巣の御吟味は終わった。
当時松前の藩中には、この珠を支那で青琅※[#「王+干」、第3水準1−87−83、412−19]《せいろうかん》と呼ぶのを知る者が無かったのであろ
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