ためすのは将来のことだ。今、彼女が必要なのは明日から住居と食物を与える職業だ。言葉数をきかないが、千鶴子が心でどんなに不安を覚えているか、それははる子の心にまざまざ映って来た。椅子の端に三角を逆にして立てたような内心の危うさでかけている千鶴子の頼りなげな姿は、はる子をもひどく不安にした。ほつれた髪を見つめ、当惑の腕ぐみをしつつはる子は、いっそ、暫く私のところにいらっしゃい、と云い切れたらさぞ吻《ほ》っとするだろうと思った。千鶴子が拒絶はしないであろう。ただ、はる子の親しみの感情が彼女に対して未だそこまで発育していなかった。性格の故で、千鶴子はそれに身の上のことも打ち明けては話さず、ほんの輪郭を、断片的に聞かせただけであった。何だか解らないところがあった。然しはる子は、こう困っている有様を見ると、
「ではまあさし当りもう一度××堂の×さんのところへでも行って見るんですね、私の方も考えて置きましょうから」
というお座なりで帰す訳には行かない気がするのであった。
夜は段々と更けて来た。どこかで十時を打った。あたりは静かなので雨戸の外から聞えるその時計の音が、明るい室内のゆとりない空気を一層
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