問題で愈々《いよいよ》家を出る決心はしたが、職業がない。千鶴子は、どこかぎこちなく修飾した言葉つきでそれ等を訴えながら、細面の顔をうつむけ、神経的に爪先や手を動した。
「私――どんな仕事をしてもいいと決心しているんですけれど――」
 はる子は、
「ふうむ」
とうなった。
「今急に心当りと云っても私も困るけれど……貴女どこか当って御覧になって? ×さんの助手をしていらしった経験や縁故で記者か何かないこと?」
「ええ、先生の御紹介で××堂の×さんが×へ紹介して下さいました」
「駄目でしたの?」
「あすこの×さんが、創作をする積りなら雑誌記者になるのは私の為にとらないっていうことでした」
「ああ――本当に×は駄目ね。あすこは、そういう他に自分の目的とする仕事があるような人は採用しないって話をききました」
「その代り、いい小説をお書きなさい。書けたらいつでも喜んで載せて上げますと云って下さいました」
 千鶴子の語気に希望が罩《こも》っていたので、はる子は黙って頷いた。恐らく日に幾人となく、そういう女や男に会う×は、十人が九人迄にそうやって、出世祝いの護符のような文句を与えているのだろう。効験を
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