例えばこの間のような時、×社で仕事を見つけて下さるようには出来ないの?」
「人があまっているから仕事はない、けれども生活費なら暫く出してやってよいと仰云るのですけれど――それに×氏は初めそんなに云って下すったきり、ちっとも後はおかまいにならないのです。御自分が文壇に出るに苦労なすったから却って」
 他に感情の衝突らしいものもある話であった。
「一人の人間の心をそんなに傷めるのは、何と云っても先生の不徳だと思います」
 或る時、はる子はそのような話の後千鶴子に云った。
「あなた本当にいい仕事をしたいとお思いんなるなら一つ暮し方を更える必要があるわね。自分がこうと思い込んだ先輩一人をきめて、その人に対しては自分の真実をつくして対して行くか、さもなければ、一人っきりになってぐんぐん自分の内に入って行くか――。ただ方便のように偉い人々のところを廻っていたって自分が立派にはならないと思います」
 はる子は、千鶴子が、過度に自分の言葉に重み、完成さというようなものをつけ対手に印象を強いるような癖があるのなどもそんな故と思わぬではなかった。当然及ばぬものに向って背伸びするからと思うのであった。その日
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