に頭を上げていた稲だ。というのは全くだ。それ故はる子は千鶴子のいろんな癖もまあまあと思い、彼女が本気になることをよろこんだ。そのような心掛は、幸《さいわい》千鶴子にも伝わったと見え、彼女は互に知り合ったことを喜ぶ言葉を洩した。弟が夕方、多分学校へ出る途中であろう、
「姉さんがこれを……」
と云って、国の母の手づくりのかき餅、糟《ぬか》づけの瓜など届けて呉れることがあった。千鶴子が思いがけず半紙から練香を出して火鉢に入れたりした。
「国にいた時分私もよくこの香をねったものです」
 短い時間ずつではあるが会う度も重り、彼女の些やかな親切な心づかいによっても次第に友情は深まるのが自然であった。が、実際はそう行かなかった。はる子は、千鶴子と喋っていると、屡々《しばしば》心持の奥に原因ある居心地わるさを感じるようになった。何というか、次第に彼女の気の毒さとそぐわなさとを同時に感じる度が強くなったとでも云うのであろうか。
 この感情は或る日、千鶴子が自分の仕事について話した時極点に行った。三人で茶をのみつつ、
「どんな? うまく行くこと?」
「ええ、でもこんどは考え考えやっていますから」
 圭子が、
「どういう点です、考えるっていうの」
と訊いた。
「――何と云っても一番初めは自分というものを或る程度まで隠して行かなければ駄目と思うのです。――一度出してさえ貰えば、それから本当の自分を出すことはいいでしょうけれども……」
 圭子が持ち前のずばっとした調子で、
「そりゃあ大分見当のつけ方が違っているようだな」
と云った。千鶴子は圭子にそう云われると自尊心を傷けられた表情をした。はる子はその露骨な顔を見たら、千鶴子がどこまで生活、人生を妙な角度で感じているか、情けなく憤おる気持を制せなくなって来た。
「そういうものではないと私も思う」
 はる子は、
「今日はすっかり思うことを云いますよ」
と断って、心の底を打ち破った。
「この点あなたが考えなおさないと、対人関係も仕事も正面《まとも》には行かないと思う。生意気のようだが、何か肝心のものが欠けている。そう云う外側からだけの考えでは――」
 三人とも熱し、千鶴子は帰る時眼に涙を浮べていた。
 はる子のいうことが全然誤っているとは、千鶴子も考えていなかった。
「貴女は、明るい朗らかな方だから」
云々。またそういうはる子の性質が、自分にとっ
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