て、これまでと違った生活態度を知らせるという意味の言葉も云った。然し、千鶴子がしんで、はる子は処世上そんな関心が必要でない立場に生きているから単純にそう云うのだ。同時に、いいと思ったってそう出来ないのが自分の性質だ、悲劇だ、と自分を譲らず肯定していることも、はる子に分った。千鶴子と何か意見を交わすと、それ故無私な意見さえ時に何かで受けられるのを感じる。――この感じが、尠からずはる子の自由を妨げるのであった。
会えば屡々そうなのに、これはまた奇妙なことに、暫く彼女が顔を見せないと、はる子は気になった。寂しい古びた二階で、物質にも精神にも乏しい不健康そうな彼女が、どんな心持で暮しているだろう。はる子は圭子に云った。
「私、あのひとのことを考えると変に苦しいわ。離れて考えると全体が何だか可哀そうで心配しずにいられないのに、顔を見るとちぐはぐで――もう少し素直な方がいいのに、ね」
そのうち、国から母親が上京し、千鶴子は家を持った。はる子は心から、
「まあよかってね」
と云った。
「今まで、あなた淋しすぎたのよ」
六月の半ば過ぎ、はる子等は急に家を移った。郊外で、夏木立が爽やかに初夏の空気を薫らせた。市内から来た彼女等には快い休息が感じられたので、はる子は千鶴子に泊りがけで遊びに来るように書いた。数日返事がなく、或る暑い午後、手紙が来た。
「私は後できっと後悔するにきまっているのです。でも、云わずにはいられません」
また、
「自分は善にも強いが悪にも強い女です」
と激昂した前書で、はる子には思いがけない内容であった。圭子を憎悪して罵った手紙であった。はる子の圭子に対する友情を尊んで家へはもう来ない。最近自分には×、×などというよい友達が出来たから心配はいらぬと云う結びであった。猶々云い足りぬらしく、紙の端に追って書きに、圭子が学問のない、下らぬ女であるとのことを添え書きしてある。――
千鶴子が、身震いする程亢奮し涙をためて書きなぐった心持が紙に滲んでいた。はる子は心を打たれ、やや暫くその紙面を見つめていた。
それにしても一通り考えると、まるで見当違いなこの圭子に対する悪罵を、何故千鶴子は書かねばいられなかったのであろう? 圭子はぼやかしたところのない性格で、ずばずば口を利いたし、勝気でもあるから、気の開けない千鶴子の癪にさわることもあったであろうことは、はる子
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