た。空腹ではあったし、料理は決して不味くはなかった。けれども、何といおうか、このごたごた種々な色ばかり目につく食堂に物を食べているのは、我々ただ二人ぎりだということは、食うという動作に妙な自覚を与えられる――つまり、その感じを少しつきつめて行くと、度はずれな人気なさと錯雑した色彩の跳梁とで何処やらアラン・ポウ的幻想が潜んでいそうな室内で、顎骨を上下させ咀嚼作用を営んでいる孤独な自分等が、変に悲しいということになるのだ。味覚から来る美味いという感覚は私共を頻りに陽気にさせようとする。けれども、周囲の雰囲気は、嗜眠病のように人を滅入らせる。――
 互に居心地わるく思っていると、もう食事の終りかけに、やっと一人、若いアメリカ人が入って来た。私共は本能的な人なつかしさで、彼が椅子の背を掴んで腰かけるのや、テーブルの下で長い脚を交互に動かしたりするのを眺めた。衝立の陰から、前菜の皿を持って給仕が現れた。辞儀をする。腸詰やハムなどの皿を出す。若いアメリカ人はそれを一瞥したが、フォークを取り上げようともせず、いきなり体じゅうで大きな大きな、涙の滲み出すように大きな伸びをした。
「――ああ、ねぶたいで
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