、明治十七八年頃渡来したまま帰るのを忘れた宣教師の応接間のような部屋で、至極安定を欠いた表情をして待っている。
「――支那的ね」
「この位の規模でないと遣って行けないんだな、長崎というところは……」
「――駄目でしょう?」
「どんなだった?」
勝気な女らしく潔癖なYが、気味わるげに訊くので、私はふき出し、少し揶揄《からか》いたくなった。
「そんなじゃあないわ。支那へ来たと思えばよすぎる位よ。――でも――いそうね」
「何が」
「なんきんむし」
「御免、御免! 風呂とはばの穢いのだけはかなわない」
――どうもホテルにいるという気分がしない。すると、幾許もなく、建物の一隅から素晴らしい銅鑼の音が起った。がらんとした建物じゅうにはびこる無気力な静寂を、震駭させずには置かないという響だ。食事の知らせである。
がっしり天井の低い低い茶っぽい食堂の壁に、夥しく花鳥の額、聯の類が懸っている。棚には、紅釉薬の支那大花瓶が飾ってある。その上、まだ色彩の足りないのを恐れるかのように、食卓の一つ一つに、躑躅、矢車草、金蓮花など、一緒くたに盛り合わせたのが置いてある。年寄の、皺だらけで小さい給仕が、出て来
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