――長崎というところは、然し不思議なところだ。鹿児島から着いた時、ジャパン・ホテルにいた数時間、実に堪え難い程町じゅうにはびこる物懶さ、眠さ、不活溌を感じたが、一日一日、滞在の日が重るにつれ、逆に快い落付きを感じて来た。降りこめられ、宿の三階で午後を暮しても、そこが旅先の泊りであるという遽しさ、寥しさなどちっとも感じない。町の空気に、それ位ひろい伝統的な抱擁力がある証拠と思う。
いよいよ今日は立たなければならないという日。雲は断れたが、強い風が出た。すっかり霽《は》れ上ったというのでもない。思い出したように大粒な雨が風と一緒に横なぐりにかかる。
Y、
「――だから、貧乏旅行はいやさ」
苦笑せざるを得ない。自動車で大浦天主堂に行く。松ケ枝川を渡った山手よりの狭い通りで車を下り、堂前のだらだら坂を登って行く。右手に番小屋が在る。一人の爺さんと、拝観に来たらしいカーキの兵卒がいる。私共は、永山氏からの名刺を通じた。
「日本のお方か、西洋のお方か、どちらへやるかね」
「どちらでもいいのです。――拝観出来れば……」
すると、爺さんは名刺をそのまま私にかえしながらいった。
「拝観なら、儂《
前へ
次へ
全30ページ中22ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング