投げかけた。海上から、人の世の温情を感じつつその瞬きを眺めた心持、また、秋宵この胸欄に倚って、夜を貫く一道の光の末に、或は生還を期し難い故山の風物と人とを忍んだだろう明人の心持。……茫漠として古寂びたノスタルジヤが昼の雨に甦って来るように感じた。
 福済寺から受ける全印象は、この寺が、嘗て僧院として存在したというより、明人及長崎先覚者等の間に倶楽部のような役目をつとめていたらしいことだ。広大な方丈に坐って点滴の音を聴いていたら、今日は沈君の絵を一つ見ようと思って、などと談笑しながら幾人もの支那人が畳を踏んで来た気勢を感じるようであった。

 毎日よく雨が降ることだ。名物の紙鳶揚も春とともに終った長崎の若葉を濡して、毎日雨が降る。Yは、哀れな、腕が痛く心が重いので、雨を冒してまで方々を歩き廻る気になれず、従って私も部屋で、宿から借りた長崎風土記など読む。可愛く若い福島屋の細君が、
「――鶴の枕でも、御覧になりませんか、何でも、楊貴妃が使ったものなんでございますって。頭をのっけると鶴の鳴声が致しますんだそうです」
 頼山陽が、その鶴の枕を鳴して見て、出来た詩がその家の宝になって有る由。
 
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