った風の古びかただ。長崎のは湿っぽい。先ず黝《くろ》ずみ、やがては泥に成るというように感じられる。重い。そして、沈鬱だ。

 昨夜深更まで碁を打っていた隣室の客、もう朝飯を食べている声がする。Y、切なそうな顔つきで枕についたまま、
「――あなた一人で行って」
と云う。私が服装を整えたり、食事をしたりするのを、片寄せた床の中から、風邪引きの子供のように眺めた。
「こんなものさせるから、痛い目をしたり不愉快な思いをする――と、じゃ誰もしないじゃないの」
「――我慢していらっしゃい、いい子だから。大|痘痕《あばた》になるところを助ったんじゃあないの」
 これは、種痘問答である。私共は別府にいる時既に知人から流行の天然痘予防の注意を受けていた。臼杵へ行くと、そこでは全町民強制種痘をしたという。まして、長崎へ行くのなら危険此上ないというK氏の言葉で、計らず臼杵町費の一端を掠め、S氏の種痘を受けた。私のは一日痒くそれきり。Yのは、吸収がよく怪しいと思っていると、十四五年ぶりの植疱瘡では無理もない、鹿児島の市を歩いている頃からそろそろ妙になって来た。Y、繃帯の上からたたきながら「大丈夫、何でもない、
前へ 次へ
全30ページ中15ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング