長崎の一瞥
宮本百合子

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)鳥栖《とす》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)何|弗《どる》、
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        第一日

 夜なかに不図目がさめた。雨の音がする。ぱらぱら寝台車の屋根を打つ音が耳に入った。私は、家に臥《ね》て静に夜の雨音を聴くようなすがすがしいいい心持がした。
 午前六時何分かに、鳥栖《とす》で乗換る頃には霧雨であった。南風崎《はえのさき》、大村、諫早《いさはや》、海岸に沿うて遽しくくぐる山腹から出ては海を眺めると、黒く濡れた磯の巖、藍がかった灰色に打ちよせる波、舫《もや》った舟の檣《ほばしら》が幾本も細雨に揺れ乍ら林立して居る景色。版画的で、眼に訴えられることが強い。鹿児島でも、快晴であったし、眩しい程明るくもう夏のように暑かった故か、長崎が雨なのは却って一つの変化でよかった。私共は、急に思い立って来たので、宿も定めてはない。先年、長崎ホテルに泊って、そのさびれた趣をひどく長崎らしいと味った知人から、名を聞いて来たばかりだ。長崎駅に下りて、赤帽に訊いて見ると、もう廃業して、ジャパン・ホ
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