テルだけの由、相談をし、兎も角其処へ行って見ることになった。雲が薄くなり、稀に、光った雨脚が京都と同じように乾きの早い白い道に降る。上海などへ連絡する船宿の並んだ通りをぬけ、港沿いに俥が駛る。昼ごろの故か、往来は至って閑散だ。左側に古風な建物の領事館などある。或角を曲った。支那両替屋の招牌が幌を掠めた。首をこごめて往来をのぞくと、右手に畳を縫って居る職人、向側の塵埃《ほこり》っぽい大硝子窓の奥で針を働して居る洋服工、つい俥の下で逃げ出す鶏を見乍ら丸髷に結った女と喋って居る若者迄悉く支那人だ。道のつき当りから山手にかかって、遙か高みの新緑の間に、さっぱりした宏壮な洋館が望まれる。ジャパン・ホテルと云うのはあれだろう。海の展望もありなかなかよさそうなところと、只管《ひたすら》支那街らしい左右の情景に注意を奪われて居ると、思いがけない緑色の建物の前で梶が下りた。片手に新聞を拡げたなり持ち、空模様でも見るらしくふらりと棕櫚の鉢植のところへ出て居た背広の男が、我々に近より、極く平静に――抑揚なく挨拶した。
「いらっしゃい」
 ホールで、我々は
「一寸御飯をたべたいのだが」
と云った。
「どうぞ此
前へ 次へ
全15ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング