方で暫くお待ち下さい」
傍の客室に案内された。手套《てぶくろ》をとり乍ら室内を見廻し、私はひとりでに一種の微笑が湧くのを感じた。長崎とは、まあ何と古風な開化の町! フレンチ・ドアを背にして置かれた長椅子は、鄙びた紅天鵝絨《べにびろうど》張り、よく涙香訳何々奇談などと云った小説の插画にある通りの円い飾玉のついた椅子。更紗模様の紙をはった壁に、二つ並んで錆た金椽の飾装品《かざりもの》が懸って居る。其こそ我々を興がらせた。遠見に淡く海辺風景を油絵で描き、前に小さい貝殼、珊瑚《さんご》のきれはし、海草の枝などとり集めて配合した上を、厚く膨《ふくら》んだ硝子で蓋したものだ。薄暗い部屋だから、眼に力をこめて凝視すると、画と実物《ほんもの》の貝殼などとのパノラマ的効果が現れ、小っぽけな窓から海底を覗いて居るような幻覚が起らない限でもないのだ――大人にパノラマが珍重された時代が我々の一九二六年迄かえって来る。――
間もなく食事を知らせる銅鑼《どら》が鳴った。色とりどり実にふんだんな卓上の盛花、隅の食器棚の上に並べられた支那焼花瓶、左右の大聯《おおれん》。重厚で色彩が豊富すぎる其食堂に坐った者とては
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