かでは割合発見してゆけるように、重吉もサヨのそういう実際を、サヨの下手なスケッチ絵ハガキからつかむだろうし、そのことから、重吉自身が自分の心の明暗を濃やかに活々とさせ得ることがあったとしたら、うれしいにちがいなかった。
 絵に表現されてあるものについては、ともかくぐるりの友達が遠慮なく感想を云ってくれる。それもサヨにはよろこびであった。絵をやりはじめてから、いつかの春、雑司ケ谷の墓地のあたりを切なさいっぱいでふらついて歩いた。ああいう衝動も、サヨは情熱の潜勢力のようなものにかえて暮せるようにもなった。
 八月はじめの或る夕方、サヨは妹夫婦の家に行った。ゆき子が初産で、予定の日が来ていた。母親が早くなくなっている姉妹で、そういうときゆき子は姉を心だよりにするのであった。
 重々しく充実した体にちょいと可愛くサロン前かけをつけて、上瞼に薄く雀斑《そばかす》のある顔を傾けながら、ゆき子はいやに断定するように、
「今夜あたり、どうもあぶなっかしいわよ」
と云い出した。進一は縁側にねころんで食後の煙草をつけている。
「またおどかしだろう」
「ずるいわ、御自分はこわいもんだから」
 サヨがあわてた
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