のかちっともわからないばかりでなく、もしこの時ふと親切心に動かされたひとが現れて、どちらへいらっしゃるのですかと訊かれでもしたら、サヨは我にもなく顔を赧らめて少しまごついたかもしれない。ゆくところがサヨ自身にわかっていなかった。というより、サヨは家を探す気でこっちの方へ歩いて来ているのであったが、そんな貸家がどこへ向ってどの道を行ったら在るのか、見当がついているわけでもないのであった。
 同じような三本の道筋だが、行手に高く見える欅の梢に心をひかれて、一番左の横丁を行った。
 東京じゅうに家が払底していた。サヨの住んでいる崖の上の小さい家は、重吉と一緒に世帯をもっていた家ではなくて、サヨが一人暮しになってから、友子やなんかと歩いてさがして越した家であった。その家が見つかったとき、
「あら、いいわこの家。寂しくないし、風とおしだっていいし」
とサヨは大変よろこんだ。そして、女主人なのに苦情も云われず借りられるときまったとき、
「ね、ここならいいでしょう? ほんとうによかったわね」
と狭い谷間の町一つへだてただけで、友子の住居に近いことも美点の一つとした。
 いそいそと快活に引越しをするこ
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