して流れている。農婦は赤い水汲桶を左右にかついで小川に向って来る。画中の女、戦の勝敗を知らず。
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書簡(九)
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註。この頃シベリアは郵便物が通れず通信すべてアメリカ経由でされている。このハガキは東京へ八月二十七日着している。殆ど四十日かかって、ハーフディンバアの沙翁の家の写真が母の許についたわけである。父がまだ出立しないうち、一夜本郷座でシェクスピアの「ハムレット」を川上音二郎一座が演ずるのを見物した。五つ位の娘であった私の茫漠とした記憶の裡に、暗くて睡い棧敷の桝からハッと目をさまして眺めた明るい舞台に、貞奴のオフェリアが白衣に裾まである桃色リボンの帯をして、髪を肩の上にみだし、花束を抱いて立っていた鮮やかな顔が、やきつけられたようにのこっている。
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漱石がカーライルの旧屋を訪ねた時だけは帳面に自分の名を書いた。あの変り者のカーライルでも沙翁の家へ行ったときは自分の名など書く気になったのであろうかと面白い。ダンテの名もあるとハガキに父は書いているが、神曲の作者は沙翁がエリザベス女皇の
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