ンあたりの淑女とは質が違っている。腰にピストルをつけ、カウボーイと馬に騎り、小学生のときからひとの台処で働かねばならなかったアグネスの強壮な体の中を奔放に流れている熱い血がある。一方に子供時代の境遇からアグネスは母親にさえ自分の愛情というものを言葉に出して語る習慣がない。野心家で空想家でやがて飲んだくれになり、家出常習であった父親と、短い生涯を子供を養うために働き切って栄養不良で死んだ母親との生活の観察。その母を扶けるために金や子供の衣類を稼ぎの中から仕送りして来る淫売婦である母の妹、性的生活は荒々しい生活の裡に露骨にあらわれて、少女のアグネスに恐怖と嫌悪とを植えつけてしまっている。「大人になるとほかの一切の大人がすることをする――性に没頭する! 何ていやらしい!」
成長するにつれアグネスの骨の髄までしみ込んで来たことは「女は弱くて馬鹿だ。皆結婚して一ダースも子供を生んで男に指図ばかりされるんだ」という周囲の野蛮な現実に対する憎悪である。アグネスは、結婚している女より叔母のヘレンの淫売婦と云われる生活の方が遙に人間として独立した権利をもっているとさえ思う。「もし彼女に『自分が買ってやった着物を返せ』という男があったとしたら彼女は彼に家を出て行けと命令することが出来た――妻にはそれが出来ない。もし彼女を打つ男がいたら、彼女は警官を呼ぶことが出来た――妻にはそれは出来ない」「こういう生活の方が結婚より好ましく思われた。併し私としては――そういう生活も結婚も望まなかった」女が男にたよって生活してゆく限り、女は自分の体に対してさえ権利をもつことを許されない。男に、「阿婆擦れ」だの「淪落の男」だのということが云われずに女ばかり体で価値をつけられることの腹立たしさ! 若いアグネスは自分は「女になるまい……なるものか」とかたく思った。
砂漠のあるアリゾナの大学生であったアグネスが第一の結婚の対手であった同じ学生のアーネストにめぐり合ったのは大体彼女がこういう心の状態の時期であった。
アーネストのおとなしい、女を男と対等に扱うしか知らない青年の素直な魅力はアグネスをとらえる。彼と話すこと、遊ぶこと、笑うこと、それ等は十九歳になろうとするアグネスの外見は粗野で傍若無人のような胸の底につよい憧れとなっている美、優雅、恋の感情にやさしく一致する。自然アグネスはひきつけられずにいられ
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