暫く凝っと眺め、また歩き出す。――後からその歩みぶりを見ると、若い女の心に行く先も、道順もこれぞと云って定っていないのが明かに感じられた。女は、家と名のつくところへ帰って行くのでもない。時間のある処へ訪ねるのでもない。ただ歩いている――幸福でなく、異様にあてどない空虚な空気に包まれながら、歩いてゆく。私は、その女の感情がありあり分るようで、少しせつない気がした。
一寸した買物をしているうちに私共はその女の姿を見失った。友達も気になっていたと見え、店を出ると、
「どうした? あの女、どっちへ行った?」ときいた。
「よほど先へ行ったから、あの交番のところでどっちへ行ったか分らないわ――でも、きっと明るい方よ、賑かな方へ行ったに違いなくてよ」
私は、確信をもって云った。
「そういうたちよ」
「――誘う水あらば、いなんとぞ思う――?」
「ふむ」
幾分陰気になって、我々は山伏町の通りへ曲った。九時前後で、まだ人出は減っていない。夜店のアセチリンガスの匂いが、果物や反物の匂いと混っていた。赤や白のビラがコンクリイトの上に踏躙《ふみにじ》られた活動写真館の入口に、
「只今より割引」
という札が
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