前後に犇《ひし》とつめかけている他の見物は、そういう可笑しみは全然感じないらしかった。元になっている蜂雀も知らないらしく一生懸命さに於てだけ俳優に忠実に、生真面目に筋を追っている。私が、友達に、
「もう出ましょうか」
と囁こうとした時であった。視線が、今まで見えなかった左側の群集の方に注がれると、私は、計らずそこに先刻の、着物を抓み上げ、まるでからっぽな後姿で歩いていた若い女を見出した。若い女は、編物細工を眺めた時と同じように情感の死んだ下膨れの顔をきっと上向け、唇一つ動かさず廻転するフィルムを瞶《みつ》めていた。――
[#地付き]〔一九二五年十月〕



底本:「宮本百合子全集 第十七巻」新日本出版社
   1981(昭和56)年3月20日初版発行
   1986(昭和61)年3月20日第4刷発行
底本の親本:「宮本百合子全集 第十五巻」河出書房
   1953(昭和28)年1月発行
初出:「読売新聞」
   1925(大正14)年10月26日号
入力:柴田卓治
校正:磐余彦
2003年9月15日作成
青空文庫作成ファイル:
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