安着の知らせと行く先の在所と両親の言伝を書いたさきの手紙がとどいた。
 それを千世子はいつもになく引出しにしまったりした。何となし足りないものが有る様に千世子は毎日少しばかりずつ書いたりして暮して居た。
 五月の月に入ってから千世子はとうとう旅へ出る事にきめた。
 身一つな千世子は気の向いた時着換えを入れた小さなドレッスケースを一つ持って新橋へさえ行けば事がすむんだった。
 天気の静かな日が二三日つづいた時千世子は何とはなし落つきのない心を抱えて林町へ行った。
 せわしそうに妹に、
「私ね、今度一寸海へ行って来ようと思うんです、
 いつも体をわるくするから。
 それでねえ、
 まだあの女が来て間がないから気の毒だけど信用がないんですよ。
 だから暇々にちょくちょく誰か見せにやって下さいな、夜だけ、じいやを、とまらして下さると尚いい。」
とたのんだ。
「姉さんはいつでもほんとうに短兵急な方だ、
 幾日位行っていらっしゃるの。」
「二十日位、せえぜえ。
 私だってそう暢気でもないんですよ。」
 妹にうけ合ってもらって千世子は安心して家に帰った。そしてすぐ、きよにその事を話した。
 別にいや
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