いた事があった。
 新らしいのが来てから十日ほど立って、
「いつまで何してもきりがございませんから、
 明日か明後日お暇をいただこうと思って居ります。」
とさきは案外落ついて云った。
 千世子は買って置きの銘仙の反物と帯止と半衿を紙に包んで外に金を祝儀袋へ入れた時それを持ち出すのが辛い様な気がした。
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 体を大切におし、
 行った先は知らせるんだよ。
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 こんな経験のない千世子はこう云う時にどう云ったら一番好いんだかわからなかった。
 さきは、涙をこぼすばっかりで何とも云えなかった。
 そして出て行くその時まで、
「またいじめられたら参りますから、
 どうぞ、死ぬまでお置き下さいませ。」
とくり返しくり返し云って居た。
 千世子は上り口まで送って行った。
 汽車の時間に後れるといけないからとようやっと出してやりながら泣きぬれた顔をかくす様にして車にゆられて行く女を見た時も一度呼び返して肩でも抱えてやりたい様に思えた。
 後から行く車の幌のすきから、林町の家でもらった中古の小箪笥が遠くまでも見えて居た。
 翌々日かなりしっかりした手蹟《て》で
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