思い出を男について持って居るさきが結婚と云うものに対して持つ気持として無理はない事だろうと千世子は思った。
「そうかと云って一本立ちになって何をするって事だってないんだろう。」
「別に何って――
 そんな事思った事もございませんから。」
「そうだろう、
 だもの、やっぱり奥さんになってかたまった方がたしかにいいよ。
 私はほんとうにそう思う。」
「そうでございますねえ、
 でも貴方様なんかお嫁に行くなんて事を隣の家へお使にでも行く様にお思いでございましょうねえ。」
「まさか。」
 千世子は自分が斯うやって処女《むすめ》で気楽にして居るのがどれほど無邪気に見えるんだかと思うと可笑しくなった。
「私みたいに学問もなくてお婆さんにばっかりなるものはほんとうに下らないわけでございますねえ。
 又いじめられたらにげて参りますから置いて下さいませね。」
 さきは、気のぬけた様に体をくずしながら千世子の着て居る着物のつぶれた褄を胸にさして居た針でつついたりして居た。
 そうしてだまって居るうちに、咲はいつの間にか啜り泣きを始めて居た。
「どうしたの。」
「何だか悲しくなって参ったんでございますの、

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