旅に出ると云う事は千世子には何となし仕にくい事だった。女の淋しさも思い、また、自分の持って居るあらいざらいのものを見張って居てもらうにはあんまりかよわいものの様でもありして千世子は出しぶって居た。林町の家から婆やでも来てもらえばいいとも思ったけれ共、それでなくってさえ手少なでせわしくて居る内をたのむのはあんまり心ない事だとも思って居たので余計のびのびになってしまった。
 そうして居るうちにまた「さき」の縁談が持ちあがって当分は足止めを喰ってしまった。
 始め、さきの父親の所から太い太い字で書いた手紙をよこした。
 間が悪いほど、自分の娘の世話になって居る礼を書き連ねてから、縁が有って斯々の処へきめたから近々参上してくわしい事は申しあげ改めてお暇をいただきたいと云ってよこした。
 その手紙が来てから六日ほどして父親はほんとうに千世子の家へ来た。
 しょぼしょぼの眼をしげく眼ばたきしながら丁寧な口調でゴトゴトと話した。
「家の娘も貴方様、先に二度ほど婿を取ってやりましたがはあ無縁でない、
 皆落つきませんだ。」
 こんな事を云って一度目のは「さき」が十八の時来たんだそうだけれ共その時は女の
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