指のオパアルがつつましく笑んで居た。のびやかな、明るい、千世子の姿に吸いよせられた様に二人はジーッと見て居た。
実際又美くしかったに違いない。
千世子自身も、世の中のあらゆる幸福が自分を被うて他人《ひと》より倍も倍もの恵を下されて居る様に感じて居た。
殆すべり出る様にしての歌は心をそーっと抱えて遠い処へ連れて行きそうであった。
春の力強い陽気な日光は千世子のまわりを活溌に踊り狂って居た。
だまって見て居た二人は急に首を引っこめた。
「見つけたねえ。」
「そりゃあそうさ!
こっちを見て笑ったんだもの。」
二人はほんとうに只好い天気に誘われて子供っぽい悪戯をしたにすぎなかったけれ共気の小さい肇はこんな処からのぞき見なんかして居た事を千世子は必ず気持悪く思って居るに違いないと思った。
千世子が庭つづきの戸から入って来た時何にも知らない様な顔をして、
「今日は、」
「度々上りますねえ。」
と篤が云うのを赤い様な顔をして肇は聞いて居た。
千世子は別に気にして居るらしい様子はなかった。
微笑みながら肇に千世子は云った。
「さっきっからいらっしゃったんですか。」
「ええ。」
肇は顔があつい様な気がした。
「何故外へいらっしゃらなかったんです、
木の葉がいい気持だのに、
こんな処に居るより倍も倍もいい気持ですよほんとうに――」
「そうでしょうねえ、
でもテラテラした処を歩いて来たから斯うやって静かな間接に日光の入る処の方がいいんです。
せっせっと歩くと汗ばむ位ですもの。」
「急いで来もしないのに……」
肇はいかにもせっせっと来た様な事を大仰に話す篤の顔を見て笑った。
「おいそがしいんだから一寸の時だって無駄にゃあ出来ませんねえ、
篤さん。」
千世子が咲いた花の様に笑うと部屋中にパッと光線《ひかり》が差しこんだ様に二人には思えた。
むしむしすると云って二人が着て来た羽織をぬぐと前にもまして肩や腰のあたりがすぼけて見え袴の腰板がやたらに固そうに見えて居た。
「やせていらっしゃるんですねえ、
でも骨太だからやっぱり女とは違いますねえ、
目方なんか軽くっていらっしゃるんでしょう。」
自分の肉つきの好い丸っこい肩に両手を互え違えにして体を左右にゆりながら千世子は云ったりした。
女中の持って来た湯気の立つお茶なんか見向きもしないで三人はいつもより沢山しゃべった。
いつも無口な肇は、
「私は今日どうしたんだかほんとうに気が軽いんです、
いくらでも話せそうなんです、
ほんとうに好い天気なんですもの。」
うるんだ様な眼をして軽く唇を震わしながら云って二人に口を開く余地を与えないほど続けていろいろの事を話して聞かせた。
自分がこんな影の多い人間になったのは大変病身だったのでいつでも父母をはなれて祖母の隠居部屋で草艸紙ばっかり見て育ったのとじめじめした様な倉住居がそうしたのだとも云った。
「よく伯父が云いますけど、青白い頸の細い児が本虫《しみ》のついた古い双紙を繰りながら耳の遠い年寄のわきに笑いもしずに居るのを見るとほんとうにみじめだったってね。
でも私が今思い出せるのは倉の明り窓からのぞいた隣の家の庭だけです。
まるで女の様に静かに育ったんですからねえ。」
「そんならも一寸しなやかな名をおもらいんなりそうなもんでしたのにねえ、
随分いかつい名じゃあありませんか。」
千世子は笑いながら云った。
今持って居る守り札の袋は祖母の守り剣の錦で作ったんだとか祖母も眼の細い瓜ざね顔の歌麿の画きそうな美人だったとも云った。
青い椅子によって柔いクッションに黒い髪の厚い頭をうずめて一つ処を見つめて話しつづける肇は自分で自分の話す言葉に魅せられて居る様に上気した顔をして居た。
千世子はだまって肇の長い「まつ毛」を見て居た。
自分の過去なり現在なりをまがりなりにも幾分かは芸術的なものに仕様として居る肇の事だから誇張して云って居る処が有るかもしれない。
けれ共肇の話す生い立ちは「うそ」にしろ「出たらめ」にしろ気持の悪い作り事ではなかった。
下らないわかりきった事に「いい加減」を云われると千世子は「かんしゃく」を起したけれ共美くしい幾分か芸術的な「うそ」は自分もその気になって聞く事がすきだ。
自分の前に居るまだ二十一寸すぎの青年とその話しとを結びつけて種々な想像を廻らして千世子はなぐさんで居た。
だまって自分の古い思い出をたどって居た肇は今にも涙のこぼれそうな声で云った。
「もう四月も過ぎますねえじきに――」
「そうですねえ、
桜も散りました、
タンポポだってフワフワ毛になるに間もありますまい。」
千世子はいつの間にか大変デリケートな気持になって居た。
も一度心の中で繰り返した。
「タンポポだってフ
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